「美味しい」は〇〇で決まる? Vol.1~価値観の考察~

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美味しいのは当たり前

昨今の飲食店において、「美味しくない」というお店は減ってきたように思います。

美味しいのは当たり前―――
昔と比べて、大きく変わったのは、
一言で言えば「価値感」ではないでしょうか。

その代表的なものに、SNSでの「バズる」や、
「映える」という言葉で文化になった、
ビジュアルを演出する手法があげられます。

果たして演出されたものたちは美味しいのか?
実のところは分かりませんが、その「価値観」を食べているように感じます。

 

SNS like

 

美味しいの定義

消費者(お客様)側の、好みや経験によって、
美味しさの定義は変化します。

誤解を恐れずに言えば、上級者でないと分からない世界もあります。
「美味しい」は経験に基づくレベルがあるのです。

 

――こんな例があります。

飲食業界には、「試飲会」や「試食会」という、
主にワインや食材などをプロに試してもらう機会があります。

あるとき、プロだけでなく一般者も受け入れるという、珍しい試飲会がありました。

そこでは、とあるバーガンディの古いヴィンテージを、有料で試飲できる――
(バーガンディ=フランス・ブルゴーニュ地方のワイン)
その目玉のお陰で盛況だったそうです。

並み居るソムリエたちが「やはり素晴らしいワインだ」と感嘆する中、
一般のとある女性が、その横で同じ様に試飲した時に、
こういうのを美味しいって言うんですか?
と、感嘆していたソムリエたちに聞いたそうです。

果たしてどれほどの経験を持っていたのかは定かではありませんが、
その女性のレベルでは、まだそれを美味しいと感じなかったのです。

 

素材に勝るものなし?

余談ですが、私が過去に一緒に働いた事のあるシェフの一人が、こう言っていました。

「素晴らしい素材は、それ自体が美味しいから、そのまま食べるのが一番良い」

手を加えることを躊躇う――要約すると、そういった趣旨でした。

とは言うものの、その優れた素材をどう扱うかがシェフとしての楽しみ・創造力であるとも思うので、
諸手を挙げて同意することは出来なかったのですが、
言わんとしていることはよく理解できます。

そもそも新鮮な状態で食べられる美味しいもの。
地産地消という言葉も、ある時期からよく使われるようになりましたが、
素材が良い状態でなければ、意味をなさないと思います。

 

地産地消のムーブメント

その地産地消のムーブメントを作った、北欧の【NOMA】などを皮切りに、
世界各国で地元素材を活かした料理店が生まれました。
日本国内でも、自店舗の半径〇キロ範囲内の素材しか扱わない。
と決めているお店もあります。

そこには地球温暖化への懸念(運送による排ガスなど)や、
地元貢献・食材に与える影響など考え方は様々ですが、
地産地消がお店やシェフの在り方・考え方に大きく影響していると思います。

 

価値観を伝えること

そもそも「美味しい」は、五感だけで感じるものではないという事が、
この中で一番お伝えしたかったことです。

すなわち、頭の中でも「美味しい」を感じている――

その思想や情報をどう伝えていくかが、広く知られ、共感される分かれ道になる。
私はそう思っています。

冒頭でお伝えしたような、SNSでの「バズる」や「映える」などではない、
もっと本質的なところでのお店の価値観をどうやって伝えていくのか?

言葉に出来ている人・お店は、きっともう世の中に打ち出されている事と思います。

これからの飲食店は、どうやって世の中に貢献していくのか。
それを言語化できているお店こそが、顧客に伝わる「美味しい」を打ち出せることに繋がるのかもしれません。

 

私共では、「価値観の言語化」のお手伝いもしております。
ご興味があれば、お話だけでも聞かせて下さい。

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