お辞儀

コラム 事例集

100°のお辞儀がもたらしてくれたもの

僕が昔働いていた職場は、北は北海道から南は沖縄まで、
日本全国各地から目指して来て頂ける、とあるレストランでした。

なぜ、そんなに目指して来て頂けたか?というと、
「愛と感動のレストラン」というコンセプトで立ち上げたレストランで、
そのコンセプトによって日々繰り広げられるサービスが話題となったからでした。

 

オーナーが集客をする

テレビなどでも紹介されるようになったそのお店は、
ますます日本各地からお客様をお迎えするようになります。

そして、そのオーナーは本を出版し、その影響もあり、
ある業界の雑誌でコラムを書くようになりました。
その雑誌を媒介にして、更に日本全国からお客様が訪れて頂ける――

やがて、講演を依頼されるようになり、
セミナー講師として日本全国各地に訪れ、お話をするようになりました。
お店の集客の一部を担っていたのは、間違いなく、その講演でした。

飲食店としては、かなり異質な立ち位置だったと思います。

 

あるとき、大阪の講演会で――

大阪のとあるホテルで講演を行ったときのこと。

講演会を行ったのち、その主催者の方から接待を受けたそうです。
そのホテル内の、あるイタリアンレストランでお食事をしたあと、
オーナーの「大阪のディープな場所に行きたい」という一言で、
二次会は十三(じゅうそう)という、大阪の下町に行ったそうです。

十三の、とあるご夫婦で営まれている
「お好み焼き屋」に、一行は入ったそう。

お腹いっぱいで訪れたため、飲み物と、ほんの少しのつまみだけでひとしきり話した後、
じゃ、お会計――と、主催者の方が支払われてお店を出るや否や。

そのご夫婦のお年を召された奥様が、
表まで出て来て、頭を深々と下げて――
まさに、タイトル通り【100°のお辞儀】で、
おおきに!!」と言ったそうです。

 

感動した理由

このお辞儀にいたく感動したオーナーは、
当時の店長たち(複数店舗あった)に、

「今日から100°の角度でお辞儀して、お客様をお見送りしなさい」

というお達しを出しました。
オーナーいわく、

ホテルのイタリアンでは、主催者が●万円という支払いをしてくれた。
でも、なにも心に残っていない。
しかし、二次会で訪れたお好み焼き屋では、
ホテルのイタリアンで支払った10分の一ほどのお会計にも関わらず、とても感動した。
お金を頂くことに慣れてはいけない――

オーナーは、大阪下町の十三のお好み焼き屋で、
【100°のお辞儀】を学んで来たのでした。

 

100°のお辞儀の実践

僕はそのうちの一つのお店の店長でした。

お達しがあったその日から、
90°の最敬礼よりも深い、100°のお辞儀を実践しました。

お店は空中階にあったのですが、お客様をお見送りするのに、
いつも必ずエレベーターで下まで一緒に降りて、
途中では笑顔で談笑していても、
お見送りするときには必ず深々と頭を下げて、
「ありがとうございました」と言っていました。

オーナーの指示の背景が、理解できていたから――
というのもあったのですが、
感謝を形で表すのに、お辞儀の深さというのは、
(確かに)という腑に落ちた感がありました。

 

お金を頂くことに慣れてはいけない。

オーナーは元々バリバリの経営者だったため、お金の重みをよく知る人でした。

お金を頂くことに慣れてはいけない。
普段からそのオーナーが言っていた言葉でした。

そういった土壌があったから、というのもあり、
その具体的な行動として、100°のお辞儀は実践しやすかった。

そういう背景もありました。

 

夜の街の重鎮のお客様

その当時、僕が店長をしていたお店は、
都内のある有名な街の一角にありました。

いわゆる高級なクラブが集まる街です。

その高級クラブの中でも老舗と言われる、
界隈では「重鎮」と表現されていたお店のママは、
元々本店のお店にお越し頂いていたこともあり、
支店である僕が店長をしていたお店は、
自身のホームグラウンドに出来たお店という背景もあって、通いやすくなっていました。

 

紹介してくれる

そんな背景もあり、重鎮のママは自身のお客様を連れて、
僕が店長を勤めるお店へ足繁く通って下さるようになりました。

「お名刺上げてよ」

そう言っては、たくさんのお客様を僕に紹介してくれました。

あるとき紹介された方が、ある政党のトップの方でした。
そんな方に名刺を頂戴するのも気後れしましたし、お渡しするのも気後れしました。

普通なら頂くことはおろか、お渡しすることもないであろうシチュエーション。
そんな僕を気遣ってか、紹介してくれたママはこう言いました。

「この子、中々見どころのある子だから、お名刺上げてくれない?」

という言い方をされて、驚きました。
どこを切り取って見どころがあるのか、
さっぱり分からなかったからです。

きっと、名刺をお渡ししやすくするための、ママの配慮だったのだろう。
そう思いました。

 

紹介してくれたワケ

僕はあるとき、いつもご紹介下さることにお礼を言い、そして聞いてみました。

「なぜ、いつもお客様をご紹介下さるのですか?」

ママの答えはこうでした。

私ね、もうこの世界に入って●年経つのよ。
いつしかね、お客様からお金を頂くことに慣れちゃったの。

私ね、あなたがお見送りしてくれた時の、ものすごく深いお辞儀を見て、その日から私のお辞儀の角度は変わったのよ。
あなたみたいに深くなったわ。

 

 

初心を忘れないために

ママのお陰で、僕はとても大事なことに気付けました。

初心を忘れないようにするために、
型を作ることが大事なのだと。

「型」は基本を踏襲するための、
自分の律し方だと思います。

サービス業だけでなく、お金を頂くことに慣れないために、
お客様に感謝の気持ちを伝えるために、
何かしらの「型」が必要なのだと。

それが、僕の場合は教わった「100°のお辞儀」でした。

 

愚直に続ける大切さ

僕の場合、教わったことが腑に落ちたから、出来たことでした。
同じ様に教わった他店の店長が、100°のお辞儀を実践していたのかは分かりません。

そして、僕が凄かったわけではありません。
けれど、愚直に続けられた僕には、こんなご褒美が待っていました。

「型」の大切さ、続けることの大切さを、
僕はこの出来事から学びました。

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