クレーム対応 事例集 店長・教育

隣のテーブルこそ、手厚く。|今も忘れられない、理由の分からないクレーム

店長として必ず行っていた3つのこと

僕が店長をしていたお店では、ディナー営業前に必ずホールスタッフ全員で予約内容を確認するミーティングを行っていました。

その日の主役は誰か。

どんな目的で来店されるのか。

アレルギーはあるか。

記念日利用か。

そういった情報を共有し、お客様により良い時間を過ごしていただくための準備をしていました。

また、僕自身は店長として、

  • ご来店直後のご挨拶
  • お食事中のお声掛け
  • お帰りの際のお見送り

最低でもこの3回はお客様と接点を持つようにしていました。

最初は安心感を持っていただくため。

途中は満足度を確認するため。

最後はまた来ていただけそうかを感じ取るためです。

そんな中で、今でも忘れられない出来事があります。


誕生日のお祝いで来店されたご家族

その日、オープン直後に一組のご家族が来店されました。

お父様、お母様、小学生のご子息。

ご予約内容には、

「お子様のお誕生日祝い」

と記載されており、バースデープレートもご用意していました。

ご挨拶に伺った際、お父様は、

「知人に勧められて来ました」

と笑顔で話してくださいました。

僕も、

「ご期待を裏切らないよう精一杯努めます」

とお伝えし、気持ちよくスタートしました。

途中でお声掛けした際も、

「美味しいですね」

と笑顔。

違和感は何一つありませんでした。


突然の出来事

ディナーのピークが始まり、店内が慌ただしくなっていた頃。

担当ウェイターが慌てて僕の元へ来ました。

「店長、●番テーブルのお客様が怒って帰ります」

一瞬、意味が分かりませんでした。

料理の提供ミス?

接客トラブル?

何かクレームがあったのか?

しかし、担当したウェイターも理由が分からないと言います。

しかも、メインディッシュは提供前。

それなのに、

「もう要らない」

と席を立たれたというのです。


理由が分からない

慌てて入口へ向かいました。

お父様は明らかに怒っています。

ですが、僕には何が起きたのか分かりません。

「どうなさいましたか?」

と尋ねても、

「いいから会計して」

の一点張り。

お母様もお子様も戸惑っている様子でした。

そこへ状況を理解していないスタッフが、

準備していたバースデープレートを持ってきてしまいます。

するとお父様は、

「そんなことしなくていいんだよ!」

と、さらに怒りをあらわにしました。

もちろんスタッフに悪気はありません。

ですが、この時ばかりは火に油を注ぐ結果になってしまいました。


お父様が残した一言

会計を済ませた後も、僕は理由を知りたくて後を追いました。

エレベーターの中では何も聞きませんでした。

密室で問い詰めるような形になるのは避けたかったからです。

外へ出てから改めて尋ねました。

「本当に申し訳ありません。何があったのか教えていただけませんか?」

しばらく無言だったお父様は、やがて一言だけ残しました。

「周りにとっては良いレストランかもしれない。
でも、自分たちにとっては良いレストランじゃなかった」

それだけでした。


テーブルに立って見えたもの

理由が分からないまま店へ戻り、検証を始めました。

料理はメインディッシュまでは完食。

接客上の大きなミスも見当たらない。

担当ウェイターも心当たりがない。

それでも、あのお父様は怒って帰られた。

ふと、お客様が座っていたテーブルへ立ってみました。

そこで初めて気づいたことがあります。

そのご家族の周りのテーブルは、すべて常連様だったのです。

しかも、スタッフとも親しい方ばかり。

あちらでも。

こちらでも。

スタッフが気軽に立ち寄り、楽しそうに会話している。

そんな光景が広がっていました。


常連様が作る空気と、新規のお客様の孤独

もちろん僕たちは常連様を大切にしていました。

それ自体は間違いではありません。

ですが、その光景を初めて来たお客様が見たらどう感じるでしょう。

「自分たちは部外者なのではないか」

「ここは常連のためのお店なのではないか」

そんな疎外感を抱いても不思議ではありません。

もしかすると、お父様が感じたのはそれだったのではないか。

もちろん真実は分かりません。

ですが、

「周りにとっては良いレストランかもしれない」

という言葉と、あの日の光景を重ねた時、僕はそう考えるようになりました。


その夜に送ったメール

その日の営業後。

僕はお詫びのメールを書きました。

お子様のお誕生日を十分にお祝いできなかったこと。

不快な思いをさせてしまったこと。

そして、もし許していただけるなら、もう一度チャンスをいただきたいこと。

精一杯の気持ちを込めて送りました。

ですが、返信はありませんでした。

本当の理由は今も分かりません。


隣のテーブルこそ、手厚く

ただ、この出来事は僕の接客人生に大きな影響を与えました。

以来、

常連様のテーブルだけでなく、

その隣のテーブルをより大切にするようになりました。

初めて来店されたお客様。

まだ誰とも関係性ができていないお客様。

そんな方にこそ、より丁寧に声を掛けるようになったのです。


今も忘れられない学び

長い接客人生の中で、

「クレームの理由が最後まで分からなかった」

という経験は、この一度だけでした。

だからこそ今も忘れられません。

本当の理由は、今も分かりません。

ですが、

常連様を大切にすることと、

初めて来店されたお客様を孤独にさせないことは、

まったく別の話だと学びました。

だから今でも、配席を考える時や接客をする時、

ふとあの日のご家族を思い出します。

そして自分に問いかけます。

「隣のテーブルのお客様は、本当に楽しめているだろうか」と。

あの日のお客様が教えてくれたことは、今も僕の中で生き続けています。

 

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