僕は、7年半ほどイタリアンのお店を営んでいた経験があります。
とはいえ、僕は料理人ではありません。
プレイングマネージャーとして、現場に立ちながら経営をしていました。
シェフは、昔一緒に働いていた料理人で、実力も十分にある人でした。
そんな中、ある日、お客様からこんなことを言われました。
「このお店の看板商品って、何?」
その言葉を聞いた時、僕は少し返答に詰まりました。
なぜなら、僕の中には、
「薪窯のピッツァを、コース仕立ての中で楽しんでいただく、客単価7〜8千円のイタリアン」
というコンセプトは、明確にあったからです。
ですが、それはあくまで【コンセプト】であって、
“看板商品”
ではありませんでした。
するとそのお客様は、さらにこう続けました。
「人を誘いやすいんだよね」
「あそこの〇〇、美味しいから食べに行かない?」
って、人を誘いやすいんだよね。
その言葉を聞いた時、
(なるほどな)
と思ったのを覚えています。
確かに、飲食店には、
“これを食べに行く理由”
があるお店があります。
そして、それは人から人へ伝わっていく。
その時初めて、僕は、
「看板商品って何なんだろう」
と真剣に考えるようになりました。
シグネチャーディッシュとは何か
“シグネチャー”
という言葉には、「署名」という意味があります。
つまり、
「これは自分を表す料理です」
ということ。
日本語で言う【看板商品】という表現も、非常に的確だと思います。
つまり、
その店、その料理人、その哲学を象徴する一皿。
だからこそ、一朝一夕には生まれません。
むしろ、
“自然と人が語り始めたもの”
が、結果として看板商品になっていくのだと思います。
ラ・ベットラと「新鮮なウニのスパゲティ」
イタリアンの巨匠と言えば――。
必ず名前が挙がる一人が、ラ・ベットラの落合務シェフです。
個人的に、落合シェフの最も凄い功績の一つだと思っているのが、
「カルパッチョ」
です。
元々イタリアでは、生肉料理だったカルパッチョ。
それを魚で表現し、今では本国イタリアでも、お魚のカルパッチョが一般化している。
業界では有名な話ですが、一般的には、
「カルパッチョ = 魚料理」
と思われているぐらい、定着しています。
ですが、ラ・ベットラの看板商品と言えば、やはり、
【新鮮なウニのスパゲティ】
でしょう。
僕も、予約困難だった当時、なんとか予約を取り、その一皿を食べに行きました。
確かに美味しかった。
でも、落合シェフの本当に凄いところは、
“その料理を変え続けること”
だと思っています。
時代によって、人の嗜好は変わる。
だから、味も変えていく。
看板商品を、“固定化”していない。
そこに、料理人としての柔軟さと哲学を感じます。
ヌキテパと「魚介のスープ」
東京・五反田にあるフレンチ、ヌキテパ。
田辺シェフは、元ボクサーという異色の経歴を持ち、29歳で料理人に転身された方です。
その経歴だけでもワクワクしますが、料理もまた、強烈に記憶へ残る。
- 土のコース
- ハマグリの炭火焼
- スイカのショートケーキ
数々の印象的な料理がありますが、やはり代表格は、
【魚介のスープ】
だと思います。
面白い逸話があります。
ヌキテパ出身の料理人が独立し、売上で悩んだ時、田辺シェフは、
「スープをやれ」
とアドバイスするらしいのです。
それぐらい、人を魅了する力がある。
つまり、
“また食べたい理由”
になる料理なのだと思います。
シグネチャーは「料理」だけではない
ここで、少し視点を変えてみます。
シグネチャーとは、必ずしも“料理単体”ではないのではないか。
そう感じるお店があります。
例えば、
- エル・ブジ
- noma
です。
エル・ブジ
エル・ブジは、
- エスプーマ
- 人工イクラ
など、“分子ガストロノミー”という前衛的な手法を広めたお店です。
noma
一方、nomaは、
- 北欧
- 地産地消
- 発酵
- 野生
など、それまで料理業界が注目していなかった土地や価値観を、世界へ提示しました。
例えば、
- 生きた蟻
- 野生の鴨の卵料理
など。
料理単体で有名な皿はあります。
ですが、彼らの本質は、
“哲学”
にあります。
哲学そのものが、看板になる
エル・ブジもnomaも、一見すると全く違うお店です。
ですが共通しているのは、
「自分たちは、なぜこの料理を作るのか?」
という思想が、料理へ反映されていることです。
つまり、
【哲学そのものが、シグネチャー】
になっている。
これは、飲食店に限らない話かもしれません。
看板商品とは、人が語り始めるもの
結局のところ、看板商品とは、
「これを看板商品にしよう」
と思って生み出すものではなく、
美味しいものを追求した結果、
多くの人が感動してくれたもの。
あるいは、
自分たちの哲学を、他にない形で表現した結果、
人が語り始めたもの。
その二つに集約されるのではないかと、今は思っています。
最後まで作れなかった理由
お店を営んでいた当時、
「看板商品を作らなければ」
という思いは、ずっと頭の片隅にありました。
ですが結局、最後まで、
「これがうちのシグネチャーディッシュだ」
と言えるものは、生み出せませんでした。
今振り返ると、その理由はシンプルです。
僕自身の中に、
“哲学”
が、まだ足りなかったからだと思っています。
そして今は、
看板商品とは、自分たちで声高に言うものではなく、
人によって語られ、育っていくものなのだ。
そんな風に思っています。
