接客業の現場では、時に信じられないようなミスが起こります。
もちろんミスそのものも問題ですが、管理職として本当に問われるのは、その後の対応です。
今回は、私が店長時代に経験した、今でも忘れられない「カード紛失事件」のお話です。
恥ずかしい失敗談ではありますが、サービス業に携わる方の参考になれば幸いです。
取引先を招いた特別なご予約
当時、私が勤めていたレストランでは、メイン取引先であるビールメーカー様からご相談をいただきました。
地方支店のお客様を東京へ招待するツアーの中で、ぜひ当店を利用したいとのことでした。
ご来店されるのは地元の酒販店様や飲食店経営者の方々。
「御社のサービスを見て(勉強して)もらいたい」
そんなありがたいご依頼でした。
しかも人数が多かったため、別日程で二度ご予約をいただいていました。
クレジットカードの返却忘れ
一回目のご利用当日。
お食事も無事に終わり、お客様は次のお店へ向かわれました。
私もお見送りを済ませ、店内へ戻った直後のことです。
スタッフから報告が入りました。
「店長、大変です」
会計時に使用されたクレジットカードが、伝票バインダーの中に残ったままです。
カードだけではありません。
利用控えも明細も、すべてそのままでした。
会計を担当したスタッフがお返し忘れてしまったのです。
完全にこちらのミスでした。
すぐにお届けすることに
すぐに幹事様へ連絡しました。
幸い、お客様はまだホテルにチェックインしたばかり。
これから銀座で二次会とのことでした。
カードがなければ、その後のお支払いもできません。
予約先のお店を伺い、私は会計担当だったスタッフにカードを届けるよう指示しました。
本人から直接謝罪してほしいという思いもありました。
さらに起きた信じられないミス
ところが営業中、再び連絡が入ります。
届けに行ったスタッフからでした。
「カードがありません」
最初は意味が分かりませんでした。
しかし話を聞くと、届け先でお客様から、
「カードが入っていないね」
と指摘されたというのです。
つまり、
返却を忘れたカードを届ける途中で、さらに紛失したのです。
最悪の事態を覚悟した
私は頭が真っ白になりました。
クレジットカードの紛失は、お客様に実害が出る可能性があります。
スタッフは周辺を探したそうですが見つからない。
私も店を飛び出し、ルートを探しました。
しかし当然ながら見つかりません。
今振り返っても、あの時の胃が痛くなる感覚は忘れられません。
正直に伝えるしかなかった
方法は一つしかありませんでした。
正直に話すことです。
私は幹事様へ連絡し、
カードを紛失してしまったこと
至急利用停止をお願いしたいこと
を率直にお伝えしました。
そして心の中では、
再発行までに発生する不都合については責任を負わなければならない
と覚悟していました。
ところが幹事様は、
「大丈夫ですよ」
と仰ってくださったのです。
お客様の優しさに救われた
もちろん私は安心できませんでした。
なぜなら、そのお客様は取引先だからです。
明らかに配慮してくださっていることが伝わりました。
それでも、
「明日はワイナリー見学ですし、そのまま帰るので問題ありません」
と仰ってくださいました。
私は、
「何かあれば必ず私が対応します」
と約束し、その場はお言葉に甘えることになりました。
本当に反省すべきだったこと
後日、お詫び状と食事券をお送りし、改めてご来店いただくことができました。
結果として関係は修復できました。
しかし、私の中にはずっと引っかかっていることがあります。
それは、
なぜそのスタッフに任せたのか
ということです。
人選を間違えたのは私だった
カードを返し忘れた本人だから。
直接謝罪してほしかったから。
そんな理由で私は彼を派遣しました。
しかし、それは間違いでした。
彼の性格も仕事ぶりも、私は理解していました。
重大なトラブル対応を任せるべき人材ではなかったのです。
本来行くべきだったのは私でした。
もしくは、
お客様の気持ちを理解し、
温度感を持って対応できる人
を選ぶべきでした。
ミスより怖いのは二次対応の失敗
返却忘れは人間ですから起こり得ます。
再発防止を考えれば良い。
しかし、
トラブル発生後の対応は別です。
そこには、
判断力
責任感
お客様への配慮
が必要になります。
そして、その判断をするのは管理職です。
まとめ|現場で起きたことは管理者の責任
この経験から学んだことがあります。
現場で起きたことは、最終的にすべて管理職の責任です。
カードを返し忘れたことも。
届ける途中で紛失したことも。
そして、その対応を誤ったことも。
もちろんミスは起こります。
しかし、二次対応だけは慎重に行わなければなりません。
誰が行くのか。
何を伝えるのか。
どんな姿勢で謝罪するのか。
そこまで含めて管理者の仕事です。
この出来事は、私にとって今でも忘れられない教訓になっています。
